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最高裁判所第三小法廷 昭和37年(オ)743号 判決

上告人

右代表者法務大臣

石井光次郎

右指定代理人

青木義人

(ほか三名)

被上告人

中央信用組合

右代表者代表理事

加藤良雄

右訴訟代理人弁護士

林信一

主文

原判決中(1)第一審判決添付目録(一)110118の各元金(ただし1は内六四万〇、九六六円)合計六七万〇、九六六円の債権の不存在確認を求める被上告人の請求に関する部分、(2)右六七万〇、九六六円およびこれに対する昭和三二年八月六日以降支払済まで年六分の割合による金員の支払を求める上告人の反訴請求に関する部分をいずれも破棄し、第一審判決中右と同じ部分を取り消す。

前項(1)掲記の債権の不存在確認を求める被上告人の請求を棄却する。

被上告人は上告人に対し第一項(2)掲記の金員を支払え。

その余の上告を棄却する。

訴訟の総費用は、本訴反訴とも、これを七分し、その一を上告人の負担とし、その余を被上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人杉浦栄一、同千葉正道、同高橋太一、同阿部島康夫名義の上告理由第一について。

旧国税徴収法(昭和三四年法律一四七号による改正前)により債権の差押がなされたが、第三債務者が滞納者に対し差押前に取得した債権を有する場合には、第三債務者は、差押当時両債権が既に相殺適状にあるときは勿論、反対債権が差押当時まだ弁済期に達していない場合でも、被差押債権である受働債権の弁済期より先にその弁済期が到来するものであるときは、民法五一一条の反対解釈により、相殺をもつて差押債権者に対抗しうるものと解すべきであること、および債権者債務者間に生じた相対立する債権債務につき将来差押を受ける等の一定の条件が発生した場合に、右双方の債権債務の弁済期如何を問わず、直ちに相殺適状を生ずるものとし、相殺予約完結の意思表示により相殺をなしうるという相殺の予約は、前示民法五一一条の反対解釈上相殺の対抗を許される場合に該当するものに限つてその効力を認めるべきであり、したがつて、自働債権の弁済期が受働債権のそれと同じであるか、または、その以前に到来する関係にある債権相互についての右相殺予約は差押債権者に対抗しうるものであるが、しからざる債権相互についての右相殺予約に基づく相殺は差押債権者に対抗しえないと解すべきであることは、当裁判所大法廷判決の判示するところである(昭和三六年(オ)第八九七号、昭和三九年一二月二三日言渡判決参照)。

本件において、原審の確定したところによれば、被上告人と陳節子との間で、あらかじめ、被上告人は陳節子に対する債権保全のため、被上告人の陳節子に対する貸金債権または手形債権と右節子の被上告人に対する預金債権とを、そのいずれの期限の如何にかかわらず、いつでも対当額で相殺することができる旨の約定がなされていたものであり、被上告人は、右特約に基づき、本件差押後である昭和三二年八月二二日陳節子に対し、第一審判決添付目録(二)(イ)(ロ)(ハ)の本件貸金債権を自働債権として同目録(一)1ないし12の本件預金債権と対等額で相殺する旨の意思表示をしたが(右意思表示は、第一審判決添付目録(二)(ニ)(ホ)(ヘ)の手形債権をも自働債権としてなされたが、この部分は原審において、相殺の効力を否定され)、これに対し被上告人から不服の申立はなされていない。)、自働債権および受働債権のそれぞれについて、当事者により相殺の目的となる債権の指定はなされなかつたというのである。そこで、右相殺の効力について判断すると、(い)自働債権のうち第一審判決添付目録(二)(ハ)の貸金債権と受働債権のうち右目録(一)1ないし11の各預金債権は本件差押当時既に相殺適状にあつたものであるから、民法五一二条、四九一条、四八九条に則り順次相殺すれば、右預金債権のうち1ないし11の利息、2ないし7および9の元金の各全部ならびに1の元本のうち一、〇三四円は右貸金債権と対当額において消滅したものであり、前示民法五一一条の反対解釈により、被上告人はその相殺による消滅をもつて、差押債権者たる上告人に対抗しうるものというべきである。(ろ)その余の預金債権(1の元金中(い)の相殺によつて消滅すべき部分の残金六四万〇、九六六円および1011812の各元金)のうち12の弁済期が(二)(イ)の貸金債権の弁済期の後に到来する関係にあるから、被上告人は前記特約に基づき、その相殺による消滅をもつて、上告人に対抗しうるものと解せられるけれども、(は)爾余の預金債権は(二)(イ)(ロ)の貸金債権より先に弁済期が到来する関係にあり、したがつてこの預金債権については前記特約を援用し、相殺によるその消滅をもって上告人に対抗しえないものといわなければならない。

したがって、原判決が前記特約を全面的に差押債権者に対抗しうるものとして、前記目録(一)110118の各預金債権(各元金。ただし1は内六四万〇、九六六円)の相殺による消滅を肯認したのは、法令の解釈適用を誤つた違法を犯したものといわざるをえず、この部分については、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れず、その余の部分に対する論旨は理由がない。

同第二について。

債権の差押債権者が被差押債権について取立権を有する場合に、第三債務者が債務者に対して有する反対債権をもつて被差押債権と相殺するには、差押債権者に対して相殺の意思表示をすることもできるが(昭和三七年(オ)第二一二号、同三九年一〇月二七日第三小法廷判決)、差押債務者に対する意思表示によつてもこれをすることができると解すべきである。けだし、民法五〇六条一項の「相手方」は、普通には、相殺によつて消滅すべき債権関係の帰属者を指称するのであり、受働債権について差押債権者が取立権を有する場合でも、債権そのものは差押債務者に帰属しているのであるから、当該債務者は相殺の意思表示を受領する資格を失うものではないからである。されば、差押債務者たる陳節子に対し被上告人がした相殺の意思表示を有効と解した原判決は正当であつて、所論の違法はない。

そして、原判決の確定した事実によれば、被上告人の本訴請求中第一審判決添付目録(一)110118の各預金債権(各元金。ただし1は内六四万〇、九六六円)合計六七万〇、九六六円の不存在確認を求める部分は棄却し、右六七万〇、九六六円およびこれに対する昭和三二年八月六日以降支払済まで年六分の割合による遅延損金の支払を求める上告人の反訴請求は認容するのが相当であり、当審において裁判をなすに熟していると認められる。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、八九条、九六条、九二条に従い、裁判官石坂修一の意見、同横田正俊の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見により、主文のとおり判決する。

裁判官石坂修一の意見は次の通りである。

わたくしは、被上告人組合と訴外陳節子との間における原判示相殺に関する特約を無効であると解するものである。その理由は、昭和三六年(オ)第八九七号同三九年一二月二三日言渡大法廷判決中わたくしの示した意見において説明したところと同一であるから、これをここに引用する。したがつて、右特約に基づき被上告人組合のなした原判示相殺の意思表示は、その効力を生じないものであるから、訴外陳節子が被上告組合に対して有する預金債権が、その相殺により消滅したとはなし得ない。

されば、陳節子が前記特約に基づき右預金債権の一部が相殺により消滅したことを対抗しうるとした部分に関しては、わたくしは、多数意見に賛同し得ない。また、多数意見が、右預金債権の他の一部について相殺による消滅を対抗し得ないとした部分についても、それは、差押当時自働債権の弁済期が未到来で相殺適状になかつたためしかりと解するものであつて、その理由とするところを異にする。

裁判官横田正俊の反対意見は、次のとおりである。

私は、民法五一一条の法意および被上告組合と訴外陳節子との間の相殺の特約の効力に関する原審の判断は相当であると認める。その理由については、本判決の理由(多数意見)に引用されている大法廷判決における私の反対意見をここに引用する。したがつて、被上告組合が右訴外人に対してした相殺の意思表示により、右訴外人が被上告組合に対して有した債権(上告人が差押えたもの)は、被上告組合が右訴外人に対して有した債権をもつて法定充当された結果全部消滅したという原審の判断も正当であると認める。本件上告理由第一は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するに過ぎず、同上告理由第二の理由のないことは、多数意見の判示するとおりであるから、所論は、すべて採用することをえない。

よつて、本件上告はこれを棄却すべきものと思料する。(五鬼上堅磐 石坂修一 横田正俊 柏原語六 田中二郎)

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